【読書感想文】今村夏子/むらさきのスカートの女【モヤモヤするのは人間のもつ多面性を理解できないから】

今村夏子/むらさきのスカートの女

「むらさきのスカートの女」が「怖い」「なんとも言えない」「モヤモヤする」理由は?

本書「むらさきのスカートの女」の感想をインターネットで検索してみると、「怖い」「なんとも言えない」「モヤモヤする」という言葉が目立ちます。

私も、読んでいる間中、得体の知れない不安感をずっとおなかの辺りに感じていました。

本書は「むらさきのスカートの女」と仲良くなりたい「黄色いカーディガンの女」が、ひたすら「むらさきのスカートの女」を影から見守り、彼女の行動を読者に語る、という形式で話が進められます。その内容は、大して衝撃的なものではありません。事件も言える出来事も確かに発生するのですが、すごく突飛なものではなく、「まあ、あるだろうな」というレベルのものです。

なのに、なぜかずーっと心が落ち着かないのです。

読者を襲う不安感、その理由を考えてみました。そして、「登場人物の誰にも共感できないし、彼らの行動を理解できない。よく分からないから怖いのだ。」と思い至りました。

理解できるから安心し、安心できるから好きになる

私たちは理解できることや予測できることは安心感を覚え、逆に理解できないことや予測不能なことが起こるとびっくりします。

私がこれまで好んで読んできた小説たちは、嫌でも主人公の気持ちがこちらに伝わってくるものが大半でした。主人公たちの気持ちに寄り添い、行動を理解し、共感することで、自分とは全く違う立場にある彼らの人生も自分のもののように感じます。

本に限らず人気のあるコンテンツは、登場人物のキャラクターが明確になっている場合が多いです。「ドラえもんに出てくるのび太の性格を教えてください」と言えば、大体の人が言葉は違えど同じような回答をするのではないでしょうか。また、しずかちゃんやジャイアンなど、他の登場人物のキャラクターや立ち位置もはっきりしています。そのため、ストーリーの展開を読むことは容易です。毎週見ていれば「この後こうなるよね」と簡単に予測できちゃいます。

「むらさきのスカートの女」は読めば読むほど謎が深まるお話

それらと比べて本書「むらさきのスカートの女」は、登場人物のキャラクター設定がよくわかりません。タイトルになっている「むらさきのスカートの女」と呼ばれる女性の印象は、本を読み進めていくにつれてどんどん変化します。わたしは彼女のことを、最初は「あまり社会と積極的に関わらないコミュニケーションが苦手な人」だと認識していました。しかしその後の展開で、意外と他者と器用に関わる場面が出てきたり、ちょっとずるい一面も披露されたりして、「あれ?なんか思っていたのと違うかも?」と感じ始め、最後には彼女の行動に「どういうこと?!」となるのです。

また、彼女と友達になりたいという語り手の「黄色いカーディガンの女」のことも、よくわかりません。そもそも本書は「むらさきのスカートの女」の観察日記のようなものなので、「黄色いカーディガンの女」自身についてはほとんど語られません。肝心な「なぜ友達になりたいのか」でさえ、教えてくれません。

人間の顔はグラデーション さまざまな面があって当たり前なのに

そもそも人間の性格や行動原理を一言で説明するのは無理です。私が当初むらさきのスカートの女に抱いていた「コミュニケーションが苦手」という印象も、たかだか数分、彼女についての文章を読んだだけで形成されたものなのです。誰も、そこに書いてあるのが彼女の全てだなんて言っていません。

私たちが生きている実際の社会もそんなものです。どんな人でも、家庭、職場、趣味友達など、さまざまな自分の居場所があり、それぞれに違った顔を持っていると思います。わたしが「やさしい」と思っているあの人も、家ではテレビに向かって自分の気に入らないニュースに暴言を吐いているかもしれない。いつもスーパーの店員さんに理不尽なクレームをつけているあのおじいさんは、孫の前では目尻がこれ以上下がらないぐらいの顔でデレデレしているかもしれない。今ここではわかりやすく対照的な言葉で語っていますが、実際には一人の人間に顔が10も20もあって、その人の中でグラデーションのようにぬるっとつながっているはずです。

私たちは目の前にいる人のことを、自分が知っている面だけを見て、わかったような気持ちでいるに過ぎないのです。安心して生活するために。

今村夏子/むらさきのスカートの女

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