ロシア在住駐在妻のブログです。日常や旅行の話をゆるいイラストとともにご紹介しています。

【ドイツ・ベルリン】ベルリンの壁

2019/03/22
 
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みなさま、ずどらーすとびーちぇ!本日もご訪問いただきましてありがとうございます。

今日も引き続きベルリン旅行でのお話です。

前回の記事はこちら

世界史が苦手です

ベルリンといえば世界中の人が知っているベルリンの壁。恥ずかしながら、最近まで、「えーっとソ連は西だっけ?えっっ東??」というような中学生のような知識レベルでした。

正解は、東です。どっちか分からなかったそこのあなた、友達になってください。

一応、高校は世界史選択でした。まだ序盤ですがここまで書いてこのブログを読んでくださっている読者のみなさまにどん引きされないか心配になってきました。

いや、きっとどん引きしている。みんな、離れていかないで!

あらゆる科目の中でげんだちょふは世界史が一番苦手でした。というか、

日本史も地理も公民も、社会系の科目は全て嫌いでした。これは多分、中学の時の塾の先生に「社会は自分で覚えればいい点取れるよ」と言われ、(これ自体は間違ってない)

社会=覚えるだけで面白くない勉強

と思い込んでしまったのが原因です。

それ以来、げんだちょふの中で社会系の科目は「テスト前日に詰め込めばどうにかなる科目」であって、「理解する科目」ではなくなりました。(これが日本の詰め込み型教育というやつなのかな笑)英語や数学のように文法や公式を覚えて考えれば問題が解けるようなクイズ性のある科目の方が好きでした。

ロシア語も難しいですが、例外の多いややこしいクイズと思えば楽しいです。

というのでずーっと歴史をまともに勉強してこなかったのですが、ロシアに住み始めたり、ちょこちょこ他のヨーロッパの国に旅行に行くようになってからその国の人を理解するためにはその国の歴史を理解することが必要だなぁと肌で感じるようになりました。

人々の置かれている歴史・政治・地理的な状況がその土地に住んでいる人々の考えを作っていると思うんです。例えばロシアだと多くの国と国境を接して争いを繰り返してきたことや、社会主義国家だったことが人々の考え方や生活に大きく影響しています。

そこを理解するとロシア人の発言や行動に納得がいくようになるというか、、、

とうことでテストのためじゃなくて必要性を感じたので勉強するようにしています。勉強と言っても気になった時に本を読んで確認するだけですが

読んでいるのはこちらの2冊。

もういちど読む山川世界史

山川出版社
売り上げランキング: 41,723

→ロシアに来る前に大学時代の先輩がプレゼントしてくださいました。

図説 ロシアの歴史 (ふくろうの本)
栗生沢 猛夫
河出書房新社
売り上げランキング: 9,624

→こっちに来てから、駐在者用のショッピングサイトで購入しました。ここ数年の出来事まで載っているので、面白かったです。

ベルリンの壁博物館

前置きが長くなってしまいましたが、今日ご紹介するベルリンの観光スポット、壁博物館も以前の私なら訪問先としてチョイスしていなかったと思います。

ベルリンの壁の話はロシア(ソ連)にも深く関係してるし理解したいなぁと思い足を運びました。

壁博物館の入り口

建物の中に入るにはお金がかかるのですが、建物の外側にある展示物は無料で見られます。無料ゾーンの展示だけでもベルリンの壁関係の歴史が書かれているので勉強になります。(ドイツ語と英語です。)

この博物館の名前、地球の歩き方には日本語で壁博物館と載っているのですが、実際にはCheckpoint Charlie museum(チェックポイント チャーリー ミュージアム)といいます。

チャーリーという有名な人がいるのかな?と最初は思ったのですが違いました。

チャーリーは人の名前ではなく、ABCのCを意味しているだけで日本語にすると「検問所C」となります。つまり東西の境界で人の出入りをチェックする検問所のC(A、Bは別の場所に存在する)だったんですね。

壁があった当時、突然作られた境界によって家族が離れ離れになってしまったりして東から西に脱出する人が絶えなかったそうで。車のトランクに隠れたりしてなんとかこの検問所を突破した人たちや、見つかってしまって殺されてしまった人のお話がこの博物館に書かれています。

ここでげんだちょふは思いました。東ベルリンから西ベルリンへ行く人の話が多い中で、逆に西ベルリンから東ベルリンに行った人はいなかったのか?

この疑問はそもそもベルリンの壁が「東から西に流出しまくっている人々を止めるためにソ連が作った」

ものだと分かっていれば思いつかない疑問です。(wikipediaに書いてました。)

山川の世界史にどういう風に書かれているのかなぁと思って確認してみると、「東ドイツが東西を遮断する壁を築いた」とう感じにあっさり書かれており、その経済格差がどうで東から西に人が移動してというのは書かれていませんでした。

でも、世界中の歴史を一冊の本にまとめるんだからしょうがないです。あぁ、これで一歩知識レベルが中学生から高校生に近づきました。

補足情報

壁博物館(チェックポイント・チャーリー博物館)

 www.mauermuseum.de 
http://www.mauermuseum.de/en/index.html
http://www.mauermuseum.de/en/index.html

では、今回も最後まで読んでいただきましてありがとうございました!

だすびだーにゃ!

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Comment

  1. SECRET: 0
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    げんだちょふさんこんにちは。
    いつもとっても楽しいブログ記事有難うございます。
    おかげさまで、今ドイツの事、独ソ関係、独ソ関係史にとても関心を持ち始め、ソ連以外はポーランドに行ってみたいとずっとおもっていますが、ポーランド以外にもドイツに行きたくなりました。げんだちょふさんの記事を拝見していて。
    さてさて、私も世界史選択の高校生でしたが、ベルリン市内がドイツという国の分割とはべつに分割があったんでしたっけ、すっかり、忘れていました。
    しかも、東西ドイツ分割のどちらがソ連で、またベルリン市内が分割されていたことを忘れていたことはもとより、そのなかのどれがソ連か知りません。
    そんなこと、習ったことすら忘れました。
    知らない
    ことは全く恥ずかしくないです。堂々としてていいと思いますよ。
    知らない
    ことを恥ずべき事と思わなければならないのか?とすら、思えてしまいました。
    繰り返しで済みませんが、私もドイツにとっても行きたくなりました~
    歴史は大好きなので歴史の話もこれからも楽しみにしています!
    いつもありがとうございます。

  2. SECRET: 0
    PASS:
    お聞きしたいのですが、ヤロスラフからベルリンへは何で行かれましたか。すでにブログ記事で言及されていたら、申し訳ありません。
    列車の旅だったのかしら・・・
    いつかまたロシアへ行ったときは、近隣の国へも出入りしたいなと思いまして。
    しかも、飛行機じゃなくて、列車で優雅に旅を楽しみたいなと。
    ダブルエントリーorマルチプルのビザが必要ですね・・・

  3. gendachev より:

    SECRET: 0
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    >エカテリーナ «Екатерина»さん
    コメントありがとうございます!
    そうなんです。ベルリンの中も分断されてたんです。よく考えるとベルリンの壁って呼んでるくらいだからベルリンの中にあるて気付きそうなもんですが…(^_^;)
    ドイツへは飛行機で行きました。
    列車での旅ものんびりいいですよね。
    この夏、旦那の友人がロシアへ来てくれてのですが、列車でヘルシンキからサンクト入りして、その後モスクワへというルートだったようです。楽しまれていましたよ。

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